本格インドカレーを作る庭野仁司

庭野仁司は、日本国内には少ない、本場のインドカレーを作る事ができる料理人です。大学時代にはまった音楽の影響で、インドに憧れを抱くようになり、バイト先にインド料理屋を選び働いていました。従業員の中にはインド人の方も複数いましたので、空き時間にヒンディー語を習うなどし、よりインドにはまっていきました。

大学三年になり、卒業後の道を決めなければいけなくなった時、最初に考えたのがインドに住みたいという事でした。しかし、インドに移住する事はとても難しく、現実味のない夢でした。しかし、どうしても諦めのつかなかった庭野仁司は、アルバイトをしているインド料理屋の店長や従業員に相談しました。すると、従業員として働いている留学生のいとこがインドで料理屋をやっている事を聞き、紹介してもらえる事になりました。

就職活動で忙しくなる大学三年生の夏、アルバイト先には二週間の休暇をもらい、早速インドに飛び立ちました。現地で待ち合わせしていた従業員のいとこは、約束していた時間から2時間近く遅れてきましたが、インドには時間の概念がさほどない事を知っていたので、驚きませんでした。その日の夜から、すぐに料理屋の従業員として働き始めました。

庭野仁司の最初の仕事は、皿洗いとジャガイモの皮むきです。日本のように油汚れがしっかり落ちる洗剤がなく、粉っぽく泡が立ちにくい洗剤しかありませんでしたが、元々バイト先で三年間行ってきた事です。すぐに勝手を掴み、仕事に没頭していきました。

庭野仁司は、日本のアルバイト先でヒンディー語を教えてもらっていましたが、現地の言葉は早口になると聞き取れません。その為、最初はミスをする事も多かったのですが言葉も理解し始め徐々に打ち解けて、帰国の前日には、従業員の方の自宅に招いて頂き、食事会を開いてもらえるまでになりました。

帰国した庭野仁司は、日本国内での就職はせずに、インドに滞在する事を決めました。しかし、ある程度の地盤ができるまでは、日本国内とインドを二ヵ月交代で働く日々です。日本でアルバイトをしているお店では、本場のインドから持ち帰った料理を味わえるようになった為、マスコミでも取り上げられその界隈では人気の店になりました。

庭野仁司は、インドを愛していましたが、同じように日本も愛しています。日本では、店の盛況ぶりから二号店を出す事に決まりました。二号店はこれまでと違い日本人に合わせた物ではなく、よりインドの人が食べている料理に近いメニューを出す事に決まりました。そのメニュー開発を、庭野仁司が任される事になりました。来月のオープンまで時間は少ないですが、庭野仁司の料理はインドの人が作るよりもインドっぽいなどと揶揄されています。本場インドでしか味わう事ができなかった料理を出す店として人気が出そうです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

最新投稿記事

  1. 国内旅行も海外旅行も好きな浦壁伸周は、暇さえあれば世界を旅しています。人生の選択肢はとても多いと考え…
  2. 秀光ビルドはそれぞれの家族の理想を叶えるための素晴らしい商品ラインナップを用意しています。5つの選択…
  3. 東京ドーム ランチを食べる時に、軽く済ませたいと考える人におすすめなのがHoney Tripです。こ…

アーカイブ

ページ上部へ戻る